「信楽 阪井 七 作陶展」で器を購入しました(2)2013/10/16 01:09

 阪神梅田本店で開かれた「信楽 阪井 七 作陶展」では、粉引きの取っ手付きカップも購入しました。
 こちらは「この器でコーヒーを飲んだら心地よい時を過ごせそうだなあ」と思わせる穏やかで和める風情を漂わせ手招きしていました。思わずこちらの器も買ってしまいました。

 今まで使ってきたコーヒーカップは上から見ると真円でどこから見てもゆがみも無く工業製品のように整った姿をしています。磁器製のカップの方がコーヒーカップとして使い続けても変色も少なく取り扱いも楽です。
 一方、粉引きの器は陶土で作った土台に白い化粧土をかけて作るそうですが、器に入れる液体を吸い込み汚れが目立つと言います。粉引きの器は汚れが付き易いとの心配で一時逡巡しましたが、形の良さにほれ込み結局購入しました。

 購入後は真っ先に目止めをしました。米のとぎ汁で器を30分ほど沸騰しない程度に煮沸しました。これである程度は汚れの付着は防げるようですが、長期的にはやはり茶色味帯びるようです。でも使い続けてこその陶器ですから、普段使いにして多いに楽しみたいと思います。

阪井七(なお)作陶の取っ手付きカップ 阪井七(なお)作陶の取っ手付きカップ 阪井七(なお)作陶の取っ手付きカップ 阪井七(なお)作陶の取っ手付きカップ  上から見ると器の縁が楕円形です。飲み口を真横から見ると真平らではありません。手で持つと表面に凸凹感があります。粉引きの白い肌に緋色が不規則に自然任せに顔を出しています。こういうところが集まって穏やかで心和む風情をかもし出しているのでしょう。

 阪井七(なお)さんは今回も、会場を訪れる陶器愛好者、或いは阪井七ファンの人たちとの応対で息つく暇も無いほどの忙しさです。その隙間を縫って今回の主要作品と共に写真に入って頂きました。写真左端は案内状を飾っていた「信楽穴窯 破れ壺」です。壺に縦に稲妻型に入った2本の裂け穴は意図して作ったのではなく、穴窯の中で土と炎の相互作用が作り出した、陶芸のもつ不思議な力の証明とも言える作品です。
左端の「信楽穴窯 破れ壺」など主要作品と陶芸家の阪井七(なお)さん=阪神梅田本田で開かれた「信楽 阪井 七 作陶展」で

第68回 行動展を大阪市立美術館で見ました2013/10/16 18:22

 第68回 行動展 巡回展が10月9日から14日まで大阪市立美術館で開かれていました。見に行ってきました。

 行動展は行動美術協会が1946年から秋に開いてきた公募展です。行動美術協会の結成が1945年11月ですが、46年5月に春季展、9月に第1回行動展を開いています。それから68回目の行動展です。

 そもそも行動美術協会は、大正の始めから30年間続いた二科会が敗戦濃厚となった1944年に美術活動継続困難と解散した後、無条件降伏の1945年8月15日直後に発生した二科会再結成の動きに同調しない向井潤吉ら旧二科会メンバー9名が結成しました。

 結成の辞で「吾々は解散に到るべくして解散した旧二科会の復活には何等期待するところがない。(略)。徒らなる論議よりも先ず行動、逞しく黙々とこの道を邁進せんとするものである。」と述べている。

 また趣意書で「行動美術協会は、自主的かつ独自な在野美術家集団として、個性的な芸術主張とその発表の自由を尊重しつつ、(以下略)」と在野主義、個性的芸術主張を高らかに掲げている。

 大阪市立美術館の地下展覧会室で開かれていた行動展大阪展には会員の作品が150点、会友の作品が44点、一般出品者の作品が39点、彫刻部会員の作品が10点、遺作絵画4点と遺作彫刻1点の248点もの作品がぎっしりと展示されていた。

 絵画作品のほとんどが100号を超える大作ばかりなので展示室の壁面に納まらず上下2段の展示も。130号の大作を2段重ねで展示できるのは美術館の天井が5m以上と高いからだ。それでも作品数が多すぎて廊下にもはみ出して展示されていた。廊下は照明が暗く鑑賞にも不向きだ。
第68回行動美術展巡回展を鑑賞する人たち=大阪市立美術館で
 行動展の展示作品を具象と抽象で分けると抽象画に分類される作品が多い。趣意書に書かれている「個性的な芸術主張とその発表の自由を尊重」の精神が発揚されているのかもしれない。具象と抽象とに分けることができない作品も多々ある。デジタルのように1か0かに拘るのはよくないとも思う。

 行動美術協会に関心があるのは、設立メンバーの向井潤吉と小出卓二、創立翌年の46年に会友に推挙された下高原龍己の作品が手元に残されていることも関係している。現代の行動展の作品からは戦後すぐに活躍した作家の空気は感じ取れなかった。それが時代の変遷ということだろう・・・。