Nikon1 V1 + FT1 で使えるレンズをチェックしました ― 2012/03/10 21:31
Nikon1専用レンズはまだ少数です。マウントアダプターFT1を使えば多くのニコンFマウントレンズが使えます。FT1の付属説明書「使用できるFマウント用NIKKORレンズ」で純正Nikkorレンズ65本を使用できますと示しています。ここに示されていないNikkorレンズやレンズ専業メーカーのニコンFマウントレンズは使用できないのか手持ちのレンズを調べました。なおNikon1 V1のファームウェアバージョンはA1.10、B1.10です。
ニコンが使用できると明示しているレンズでは
ニコンが使用できると明示しているレンズでは
AF-S NIKKOR 500mm f/4G ED VR SingleAF◎
AF-S DX Zoom-Nikkor 17-55mm f/2.8G IF-ED SingleAF◎
AF-S DX NIKKOR 55-300mm F4-5.6G ED VR SingleAF◎
continuousAF以外は全てのNikon1の機能が正常に使えました。
AF-S DX Zoom-Nikkor 17-55mm f/2.8G IF-ED SingleAF◎
AF-S DX NIKKOR 55-300mm F4-5.6G ED VR SingleAF◎
continuousAF以外は全てのNikon1の機能が正常に使えました。
使用できるレンズリストに含まれていませんが純正のテレコンバーターTC-14EⅡ 、TC-20EⅡは500mm f4/G VRと組み合わせてチェックしたろころ全ての機能が正常に使えました。
他社のニコンFマウントレンズでは
Sigma APO 150-500mm F5-6.3 DG OS HSM レンズが装着されていませんとのエラーメッセージが出続けて撮影不可能です。
Sigma APO MACRO 150mm F2.8 EX DG OS HSM SingleAFを含め全ての機能が正常に使えます。
Tamron AF 18-200mm F/3.5-6.3 XR Di Ⅱ LD Aspherical IF Macro A14 AFが使えません。マニュアルでのピント合わせになります。その他の機能は正常に使えます。
Tokina AT-X SD 80-200mm F2.8 (1986年) 全てマニュアル操作で使えます。元々マニュアルレンズなのでMF,MEで使用できます。なおフォーカスエイドと絞り優先AEは使えます。
レンズメーカーのニコンFマウントレンズに関しては一概に可とも不可とも言えません。個別に確かめるしかないようです。元々のマニュアルレンズは、ピント、露出ともマニュアル操作で使用できるようです。
Tamron AF 18-200mm F/3.5-6.3 XR Di Ⅱ LD Aspherical IF Macro A14 AFが使えません。マニュアルでのピント合わせになります。その他の機能は正常に使えます。
Tokina AT-X SD 80-200mm F2.8 (1986年) 全てマニュアル操作で使えます。元々マニュアルレンズなのでMF,MEで使用できます。なおフォーカスエイドと絞り優先AEは使えます。
レンズメーカーのニコンFマウントレンズに関しては一概に可とも不可とも言えません。個別に確かめるしかないようです。元々のマニュアルレンズは、ピント、露出ともマニュアル操作で使用できるようです。
寝台特急「日本海」が定期運行を終了 ― 2012/03/16 22:30
大阪-青森間1023.4キロ、日本最長距離を15時間で走る寝台特急「日本海」が16日、満員の乗客を乗せて最終運行に出発したニュースを見た。1968年から続く長寿列車だったが平均乗車率が54%に落ちていた。
朝日新聞の記事には青春の思い出を抱いて最終列車に乗り込む人の話や、若い鉄道ファンの声などが載っていた。長距離列車には多くの人々の人生の思い出が詰まっているのだろう。
私も、大阪-北海道の往来に、いつも日本海を走る鉄道を利用したが、更に一世代前の急行「日本海」だった。
蒸気機関車が牽引する区間では、トンネルで窓を開けていると煙が舞い込んで耳に煤が溜まった。便所は線路へ垂れ流し。便器の底から枕木が飛ぶように流れていくのが見えていた。
所要時間も25時間と丸一昼夜以上だった。木製の硬い垂直の座席に25時間もよく座っておれたと今では思うが、当時は当たり前だった。満員の車内は通路に新聞紙を敷いて寝る人たちで埋まっていて検札の車掌も人を踏まないように通るのに難儀していた。
青森に着くと青函連絡船乗り場に小走りに急ぐ。連絡船に4時間半乗船して函館に着く。函館からは準急「たるまえ」で札幌まで6時間ほど。結局、大阪から札幌まで36時間の旅であった。
写真は真冬(1月11日)の青函連絡船展望デッキ。誰も居ない甲板は心底まで冷え切っていた。使用カメラmamiya C220 + 80mmF3.7
朝日新聞の記事には青春の思い出を抱いて最終列車に乗り込む人の話や、若い鉄道ファンの声などが載っていた。長距離列車には多くの人々の人生の思い出が詰まっているのだろう。
私も、大阪-北海道の往来に、いつも日本海を走る鉄道を利用したが、更に一世代前の急行「日本海」だった。
蒸気機関車が牽引する区間では、トンネルで窓を開けていると煙が舞い込んで耳に煤が溜まった。便所は線路へ垂れ流し。便器の底から枕木が飛ぶように流れていくのが見えていた。
所要時間も25時間と丸一昼夜以上だった。木製の硬い垂直の座席に25時間もよく座っておれたと今では思うが、当時は当たり前だった。満員の車内は通路に新聞紙を敷いて寝る人たちで埋まっていて検札の車掌も人を踏まないように通るのに難儀していた。
青森に着くと青函連絡船乗り場に小走りに急ぐ。連絡船に4時間半乗船して函館に着く。函館からは準急「たるまえ」で札幌まで6時間ほど。結局、大阪から札幌まで36時間の旅であった。
写真は真冬(1月11日)の青函連絡船展望デッキ。誰も居ない甲板は心底まで冷え切っていた。使用カメラmamiya C220 + 80mmF3.7
「震災がれき」は高台築く貴重な資源 ― 2012/03/20 23:47
「震災がれき」の焼却・埋め立て処理が進まないから復興が進まない!全国の自治体は「震災がれき」を引き受けるべきだ! とだれかが音頭を取って大合唱。
今回の大災害は専ら巨大津波に海岸近接地域が飲み込まれたためだが、生活のためには海岸近くの利便性の高い土地へ人々が集まり生活圏を築くのも当然の成り行き。巨大津波の記憶が新しい間は海岸から離れた高所移転にも意見が集まるが、半世紀も経つと生産基盤の海辺へ生活拠点も移動していくのは歴史の証明しているところ。
一世紀後も人々が、安心と利便性を兼ね備え、仕事と暮らしを両立させるためには、海辺から離れた高所移転ではなく、海辺に高台を造り出し、その上に生産基盤も住環境も共に作ることであろう。
海辺に20mの高台を造り出すために必要な土砂や石材は途方もない量になる。一方、海辺近くには津波被害の結果生み出された「震災がれき」が大量にある。これを使わない手はないだろう。「震災がれき」を全部使っても、全ての生産基盤や生活拠点を再建するための20m以上の高台を造るにはとても足りないぐらい。
「震災がれき」を遠方へ膨大な輸送経費を使って運び、更に焼却で地球温暖化に拍車をかける。これほど貧困な発想をだれが推進しているのだろうか。
「震災がれき」と呼んでいるが、これは貴重な資源である。やっと、そのことを政府に気づかせようと行動してくれる人が出てきた。
朝日新聞によると『野田佳彦首相は20日、都内のホテルで細川護熙元首相と会談し、東日本大震災の被災地のがれき処理について提言を受けた。細川氏は、がれきと土砂で造った高さ20~30メートルの高台に木の苗を植えて森にするプロジェクトを進言。野田首相は前向きに進める意向を示したという。』 さらに細川元首相は『がれきの再利用は、環境省がブレーキをかけて前に進まない。国家プロジェクトとして総理から号令をかけて欲しい』と述べた。『横浜国立大学の宮脇昭名誉教授も同席した』と同紙。
宮脇昭氏は森林生態学者で、古来から日本列島に生育する植生を取り戻すことこそが災害から国土と人々を守るかなめと唱え長年実践してこられた行動を伴う研究者。「震災がれき」を含む土砂で高台を築き日本列島本来の樹木を育てることを提唱している。
今回の大災害は専ら巨大津波に海岸近接地域が飲み込まれたためだが、生活のためには海岸近くの利便性の高い土地へ人々が集まり生活圏を築くのも当然の成り行き。巨大津波の記憶が新しい間は海岸から離れた高所移転にも意見が集まるが、半世紀も経つと生産基盤の海辺へ生活拠点も移動していくのは歴史の証明しているところ。
一世紀後も人々が、安心と利便性を兼ね備え、仕事と暮らしを両立させるためには、海辺から離れた高所移転ではなく、海辺に高台を造り出し、その上に生産基盤も住環境も共に作ることであろう。
海辺に20mの高台を造り出すために必要な土砂や石材は途方もない量になる。一方、海辺近くには津波被害の結果生み出された「震災がれき」が大量にある。これを使わない手はないだろう。「震災がれき」を全部使っても、全ての生産基盤や生活拠点を再建するための20m以上の高台を造るにはとても足りないぐらい。
「震災がれき」を遠方へ膨大な輸送経費を使って運び、更に焼却で地球温暖化に拍車をかける。これほど貧困な発想をだれが推進しているのだろうか。
「震災がれき」と呼んでいるが、これは貴重な資源である。やっと、そのことを政府に気づかせようと行動してくれる人が出てきた。
朝日新聞によると『野田佳彦首相は20日、都内のホテルで細川護熙元首相と会談し、東日本大震災の被災地のがれき処理について提言を受けた。細川氏は、がれきと土砂で造った高さ20~30メートルの高台に木の苗を植えて森にするプロジェクトを進言。野田首相は前向きに進める意向を示したという。』 さらに細川元首相は『がれきの再利用は、環境省がブレーキをかけて前に進まない。国家プロジェクトとして総理から号令をかけて欲しい』と述べた。『横浜国立大学の宮脇昭名誉教授も同席した』と同紙。
宮脇昭氏は森林生態学者で、古来から日本列島に生育する植生を取り戻すことこそが災害から国土と人々を守るかなめと唱え長年実践してこられた行動を伴う研究者。「震災がれき」を含む土砂で高台を築き日本列島本来の樹木を育てることを提唱している。


最近のコメント