「造幣局 桜の通り抜け」で八重の桜を見る ― 2013/04/21 19:00
今年は4月16日から22日の1週間だけ門が開かれる「造幣局 桜の通り抜け」に中日の19日、出かけました。天気も快晴で絶好のお花見日和です。
「通り抜け」は造幣局の構内を南北に貫く通路の両側に植えられた130品種352本の主に遅咲き八重桜を南門から入り北門まで散策しながら鑑賞する催しです。日本に現存する桜の品種は約300種と言われていますから130種がここで一度に見られるとは大変な場所です。
「通り抜け」は造幣局の構内を南北に貫く通路の両側に植えられた130品種352本の主に遅咲き八重桜を南門から入り北門まで散策しながら鑑賞する催しです。日本に現存する桜の品種は約300種と言われていますから130種がここで一度に見られるとは大変な場所です。
ここでしか見られないという大手毬、小手毬、紅手毬、養老桜、二度桜などの珍種も含まれる。一週間の開放期間にはすでに花が散ってしまって見られない種類もある。
平日の昼間でも、「造幣局 桜の通り抜け」には大勢の人々が途切れることが無く訪れていた。この写真右手は花が真っ盛りで人気を集めていた普賢象(ふげんぞう)という品種で13本と本数も多い。
平日の昼間でも、「造幣局 桜の通り抜け」には大勢の人々が途切れることが無く訪れていた。この写真右手は花が真っ盛りで人気を集めていた普賢象(ふげんぞう)という品種で13本と本数も多い。
全ての品種をカメラに収めようとしたが、花時が終わっている種類も多く、また通路の左右に分かれているので130種を撮影するのは無理だった。ちょうど花時に当たり美しかった種類についてはまた後日、ここに掲載したい。
「造幣局 桜の通り抜け」へ行きました。最寄り駅は「大阪城北詰」駅 ― 2013/04/20 23:27
ずっと昔、大阪へ学生時代の友人が遠方から訪ねて来た時、大阪のどこへ案内してよいものか困りました。京都や奈良と違って大阪には名所旧跡のたぐいがありません。「食い倒れ」と言いましても、別段珍しい食があるわけでもありません。やっと思いついて遠方より来た友を連れて行ったのは丼池(どぶいけ)筋と呼ばれる繊維問屋街です。商都大阪の象徴です。江戸時代以来、船場と呼ばれた地区にあり、繊維を扱う大小の商社や問屋が軒を連ねていました。当時は、日本最大級の繊維問屋街でしたが、21世紀の現在は、日本の繊維産業全体の衰退もあって一部はシャッター通り化しています。
かように大阪には名所がありません。その中で、「造幣局 桜の通り抜け」だけは季節限定ではありますが、名所と呼べる場所です。開放される期間がたったの一週間なのが惜しくもあり、逆に価値を高めているのかもしれません。今年は4月16日~22日です。
かように大阪には名所がありません。その中で、「造幣局 桜の通り抜け」だけは季節限定ではありますが、名所と呼べる場所です。開放される期間がたったの一週間なのが惜しくもあり、逆に価値を高めているのかもしれません。今年は4月16日~22日です。
出かけるに当たって最寄り駅を調べました。JR東西線の大阪城北詰駅が一番近いようです。一度も降りたことが無い駅です。天王寺駅から環状線内回り(逆時計回り)に乗車、京橋駅で乗り換えて一駅です。JR京橋駅で降りたのですが、京橋から西へ向かう東西線がどこにあるのか見つかりません。東へ向かう学研都市線は案内があるのですが・・・
学研都市線・・・昔、片町線と呼んでいた路線のはずです。東へ向かうと鴫野(しぎの)や忍ヶ丘(しのぶがおか)、西へ一駅で終点片町駅だったはずです。この案内板を見る限り西へ向かう東西線は見当たりません。あれれ、どうしたものか。相当迷いました。
学研都市線・・・昔、片町線と呼んでいた路線のはずです。東へ向かうと鴫野(しぎの)や忍ヶ丘(しのぶがおか)、西へ一駅で終点片町駅だったはずです。この案内板を見る限り西へ向かう東西線は見当たりません。あれれ、どうしたものか。相当迷いました。
「通り抜け」の帰りにまた大阪城北詰駅から東西線に乗って京橋駅で環状線外回りに乗り換えました。知らなかったのですが、東西線と学研都市線は同じ路線だったんですね。京橋駅を境に東行きが学研都市線、西行きが東西線と路線名が変わるのです。それから環状線の内回りホームからは東行きの学研都市線へ、外回りホームからは西行きの東西線ホームへ直結していて、その逆は行きにくい構造になっています。東西線が初めての利用だったので認識不足でした。
「桜の通り抜け」で見たサクラはまた次に書きます。
「桜の通り抜け」で見たサクラはまた次に書きます。
我が家の庭も陽春の候となりました。勝手に生えたスミレが可憐な花を咲かせています。 ― 2013/04/18 22:48
我が家の庭では、春になると爆発的に生い茂る雑草との戦いが始まります。花の咲く雑草ではセイヨウタンポポ、オランダミミナグサ、オニタピラコ、オドリコソウ、ホトケノザなどが抜いても抜いてもしつこく=ひつこく生えてくる。
今年はツツジも花を咲かせている。庭師に植木の剪定を毎年頼んでいるが、剪定時期が遅いとツボミが再生しないのか翌年まるで花が咲かない年がある。昨年の剪定が6月の梅雨前だったので今年は花が咲いたと理解しているのだが間違いだろうか?
今年はツツジも花を咲かせている。庭師に植木の剪定を毎年頼んでいるが、剪定時期が遅いとツボミが再生しないのか翌年まるで花が咲かない年がある。昨年の剪定が6月の梅雨前だったので今年は花が咲いたと理解しているのだが間違いだろうか?
自分で種を蒔いたり苗を買ってきたりしたことは無いのだが数年前から庭の各所にスミレが自生している。これらのスミレは種類が多く、生えてきたのが栽培品種なのか自生種なのかも分らない。
スミレも勝手に生えてきたのだから雑草とも言えるが、スミレの葉を見つけると抜かないように、竹箒や熊手で傷つけないように注意しながら庭掃除をしている。
スミレの葉だが、これは長細い形をしている。また葉柄が全て根元から生えている。花色は白地に青紫が少々。
こちらの葉は葵形をしている。花色は白地に青紫だが青紫色がしっかり広範囲に広がる。
最初のスミレに似ているが葉の形も少し違うようだ。花色も白地に灰黒色が少々。
かなり前から咲いていたのに撮影が遅くなってもう枯れ落ちた花もある。「すみれの花咲く頃 始めて君を知りぬ 君を思い 日毎夜毎悩みし あの日の頃」というのは入学式の行われた4月初旬のあの日のこと。
大塚努ピンホール写真展に行ってきました ― 2013/04/02 23:21
スタッフフォトグラファーだった時の同僚(少し先輩だが)大塚努さんのピンホール写真展の案内を頂いていたので、京都市中京区河原町四条上がる塩屋町のギャラリーマロニエの会場へ行ってきました。
大塚さんはここ数年ピンホール写真(針穴写真)に打ち込んできました。
被写体は野仏と墓前花です。ピンホール写真では中心から離れるにつれ光量が落ちていきますから、周辺はまるで焼きこんだように暗くなります。また被写体の各点から四方八方に散乱した光は微小な穴を通過した光だけが、フィルム上に像を作り出しますが、レンズのようなシャープな像はできません。それらがあいまって、墓場の花が余計におどろおどろしい表情を見せます。
画像処理は一切していません。ポジフィルムで撮影して、ポジ印画紙へ直接焼付けをしているのでデジタル処理が入り込む余地がありません。
使用したカメラについて説明してもらいました。
大塚さんはここ数年ピンホール写真(針穴写真)に打ち込んできました。
被写体は野仏と墓前花です。ピンホール写真では中心から離れるにつれ光量が落ちていきますから、周辺はまるで焼きこんだように暗くなります。また被写体の各点から四方八方に散乱した光は微小な穴を通過した光だけが、フィルム上に像を作り出しますが、レンズのようなシャープな像はできません。それらがあいまって、墓場の花が余計におどろおどろしい表情を見せます。
画像処理は一切していません。ポジフィルムで撮影して、ポジ印画紙へ直接焼付けをしているのでデジタル処理が入り込む余地がありません。
使用したカメラについて説明してもらいました。
チークだったかマホガニーだったか記憶があいまいですが、木枠を二つ重ねたものがカメラ本体です。一つが25mmで2個合わせて50mmの厚さです。すなわちピンホールが50mmレンズに相当します。後にカットフィルムホルダーが装填されています。4×5(シノゴ)シートフィルムで撮影します。前に小さな木片がありますが、これがシャッターです。これを開けるとピンホールが現れます。ピンホールは直径0.3mm、香港の業者に頼んで開けてもらったそうですが、レーザー光線でバリの無い真円の0.3mm穴を開けます。4×5カメラで50mmレンズを使っているようなものですから超広角で撮影していることになります。カラーポジフィルムを使っている上に、針穴から入射する光は少ないので露光時間が大変長くなり相反則不軌という現象が現れるので適正露光は難しいそうです。おまけに曇りの日を選んで撮影しているのでなおさら長時間露光になります。
最後にブログ掲載のため、大塚さんに作品の前でポーズをとってもらいました。本当は照明を落とした薄暗い展示スペースになっているのですが、撮影上、目一杯明るくしてもらいました。
ピンホール写真による表現に興味ある方はぜひ会場へ足を運んでください。12時から19時まで。最終日7日は18時まで。
ピンホール写真による表現に興味ある方はぜひ会場へ足を運んでください。12時から19時まで。最終日7日は18時まで。
ソメイヨシノの雄しべの数を調べました ― 2013/04/01 23:42
ソメイヨシノの雄しべの数を調べました。花に近付いて数えると約20本です。落花した花を拾って帰り、ナイフでガクを切り開いて、調べると外からは見えにくいガクの底に近いところに短い雄しべがたくさん誕生しています。これらを併せると約30本にもなります。
ソメイヨシノを描くとき雄しべを少なくても20本は描き込まないと写実的ではない絵となりそうです。この下の写真のようにピンク色味が少ない花もあります。
花の解剖写真を撮ろうとしましたが、実体顕微鏡と解剖用のメスを持っていないので綺麗に切り分けられず汚いものになってしまい、花の解剖写真はあきらめました。ガクの底には蜜も出ていてピンセットに粘液が付着し雄しべの取り分けが困難を極めました。
ソメイヨシノの花を調べに天王寺公園へ行きました ― 2013/03/31 22:42
公園などに植えられているサクラは大部分がソメイヨシノ(染井吉野)だと思います。長年見てきたはずですが、花そのものをまじまじと観察したことはありません。花の色や構造がどうなっているのか観察に近くの天王寺公園へ出かけました。
予想通りほぼ全てがソメイヨシノです。品種名を書いた札が取り付けられています。1本だけ若葉が出ている白いサクラを見つけました。品種名が書かれていませんが、別の品種だと思われます。
ソメイヨシノの花は花弁が5枚で、花弁の色は白にうっすらとピンク色が入っています。花弁全体に薄いピンクに染まっているのではなく部分的に濃淡があります。中心部のガク付近は濃いピンク色です。このガクの濃いピンク色が遠目で見たときにソメイヨシノ全体をピンク色ががっていると思わせる大きな要因になっています。花弁自体は白に近いです。
予想通りほぼ全てがソメイヨシノです。品種名を書いた札が取り付けられています。1本だけ若葉が出ている白いサクラを見つけました。品種名が書かれていませんが、別の品種だと思われます。
ソメイヨシノの花は花弁が5枚で、花弁の色は白にうっすらとピンク色が入っています。花弁全体に薄いピンクに染まっているのではなく部分的に濃淡があります。中心部のガク付近は濃いピンク色です。このガクの濃いピンク色が遠目で見たときにソメイヨシノ全体をピンク色ががっていると思わせる大きな要因になっています。花弁自体は白に近いです。
中心部の雄しべの数ですが約20本です。花を解剖して数えないと正確にはわかりません。落下した花を拾って来たので明日、ピンセットで解剖して数えたいと思います。
ソメイヨシノは花の開花時期に若葉がまったく生えていません。花だけが各枝をびっしりと覆い尽くします。このあでやかさもソメイヨシノの人気を支えているのだと思います。
ソメイヨシノは花の開花時期に若葉がまったく生えていません。花だけが各枝をびっしりと覆い尽くします。このあでやかさもソメイヨシノの人気を支えているのだと思います。
「講談社 園芸大百科事典 1 早春の花」でサクラを調べました。「サクラという植物はない-バラ科サクラ属サクラ亜属に入る多数の変種、品種の総称」「サクラ亜属はヤマザクラ群、マメザクラ群、チョウジザクラ群、ミヤマザクラ群、エドヒガン群、カンヒザクラ群の6群に分けられ自生種が10種、自然交配種が約20種、およびそれらの変種が多数。さらにこれらを親とした園芸品種が約300種ある」
ソメイヨシノはヤマザクラ群オオシマザクラを母種として作り出された園芸品種。「寛政から天保の約50年間が品種発達の黄金時代で、当時知られた品種は250種~260種におよんだ」「江戸後期にはサクラの全盛期は過ぎて、名桜の廃絶が始まっていた。幕末、江戸染井村の植木屋から新種ソメイヨシノが売り出された。この桜は接木によって容易に増殖され、生育が非常に早く、花つきがよく、花も大きく美しいので、急速に東京を中心に広まった。今ではサクラといえば、ソメイヨシノをさすまでになっている」
「ソメイヨシノの普及とほぼ時期を同じくして、日本の軍国主義が台頭」「大正、昭和にかけて、この傾向はいちだんと深まり、教科書を始め、校章・玩具類にいたるまで、軍国調のサクラ美学が強調された。しかし、その傷跡は戦後三十余年を経てようやく薄れ、日本人は再び健康なサクラ観をとりもどした」
姫路城北側の公園でもサクラが開花 ― 2013/03/25 14:03
「陽春」きらめく京の鴨川岸 ― 2013/03/21 22:00
京阪電車の七条駅で降りて京都国立博物館や京都女子大がある東山区を歩きました。駅から地上に出ると鴨川左岸です。七条大橋のたもとではヤナギが芽吹いてもう若葉が出揃っています。ヤナギの枝がそよ風を受けて気持ちよさそうにたなびいています。
すぐ隣では、ユキヤナギが白い小粒の花をたわわにつけています。ウィキペディアを調べると、「鴨川岸のユキヤナギ」の写真が使われています。ここはユキヤナギの名所でしょうか。
またその隣ではソメイヨシノが早くも咲き誇っています。今年は暖かい上に、鴨川左岸は一日中日当たりがよく咲き始めが早いようです。
まさに「陽春」ここに極まれり、といったところです。
大阪から片道1時間で鴨川べりに立つことができます。京都はいまが最高の時かも知れません。帰りは京阪電車の京橋駅で下車しJRの京橋駅から環状線で帰宅しました。
6月の庭の花はアジサイ ― 2011/06/17 08:34
ワイルドストロベリーでジャム作り ― 2011/05/30 20:07
ワイルドストロベリーの実が豊作で、ヨーグルトに入れる生食では消費しきれないので、ジャムを作ってみました。
一日に50粒ぐらい採れます。冷蔵庫に2、3日保存すれば100粒以上になります。
一日に50粒ぐらい採れます。冷蔵庫に2、3日保存すれば100粒以上になります。
さすがに、鍋を使うほどの量ではないので、安物の抹茶茶碗を鍋代わりにしました。ジャム作りに、金属鍋はよくないと聞いたような気がします。数年前に庭のザクロが大豊作だった年があり、ザクロジャムを作ろうとして色々調べました。その時のおぼろげな記憶に頼って即決で始めました。
ワイルドストロベリーを入れた茶碗を金網越しにガスコンロにかけました。
砂糖を目分量で加えます。袋に残っていたグラニュー糖を全部入れました。適当です。
加熱すると鉢の中の温度が上がり、まずイチゴが崩れ液化し、その中へ砂糖が溶け込んでいきます。砂糖がこげるようなことはありません。
更に煮詰めて行きます。ワイルドストロベリーの断片が残っているぐらいでストップします。時間は掛かりません。ここまで数分でしょうか。
火を止めます。陶器が蓄熱しているのでぐつぐつ状態はすぐには止まりません。
ジャムを固めるのに、レモン果汁かペクチンを加えると記憶していますが、数年前に買ったペクチンが見つかりませんので、瓶詰めレモンエキスを加えました。
ジャムを固めるのに、レモン果汁かペクチンを加えると記憶していますが、数年前に買ったペクチンが見つかりませんので、瓶詰めレモンエキスを加えました。
元イチゴジャムが入っていた空き瓶に入れました。一日分のワイルドストロベリーでビンの1/3以上の分量です。数日以内で食べるつもりなので、本格的なビンの滅菌処理はしていません。




























最近のコメント